ご主人は、元XX大学の教授。
息子さんも、娘さんも立派なご職業についておられるようだ。
しかし、数年前、ご主人が亡くなられた。
そのショックで、奥さんは人生が変わっていった。
ただし、気位は高い。
だから、友達はいない。
友達がいないから、認知症が進んだのであろう。
息子さんと娘さんが泣く泣くこの施設に入れたのが半年前。
もう、今では、息子が来ても、彼が自分にとって誰だかわからない。
自分が教授夫人だということも当然認識していない。
しかし、気位は相当高い。
この人は、結婚する前から気位が高かったであろうと推測できる。
私に向かって、
「あなた、私はお家に帰りたい・・・」とのたまう。
ケアプラザにいて、お家に帰りたいと言ったって、「ここがそのお家なの」と言ってやりたいが、
それを言っても意味がない。
はたして、人にとって、「帰りたい家」とはどこなのだろうか?とふと思った。
①自分が生まれ育ったところか、
②子供たちと一緒に暮らしたところなのか、
③あるいは、夫婦で静かに暮らした家なのだろうか?
私はじっと考えた。
やはり、私は②だなと。
生活苦に苦しんだ子育て時期が私の最も充実した時期のように思える。
楽園に遊ぶ人々
2014年6月12日木曜日
お家に帰りたい
2014年6月10日火曜日
しりとり
私は午前、午後と空いた時間にみんなと遊ぶ企画を練るのが仕事。
認知症の多くの人は、自分から話しかけることはあまりしない。
どちらかと言うと独り言が多い。
テーブルの前に車椅子で座ったまま時間が経過していく。
そんな時、みんなに呼び掛ける。
「さて、楽しい遊びをしますよ」、と。
しかし、ほとんどの人は積極的に参加することはない。
私が、ゲームをどんどん進めていくのだ。
今日のゲームはしりとり。
私は、一番元気のいい人からゲームを進めた。
「ばなな、なすび、・・・、ケーキ」、とやってきた。
それまで、ゲームに参加せずうつむいていた太郎さん(仮称)に呼び掛けた。
「太郎さんの番ですよ。キから始まる言葉は何ですか?」
と尋ねた。
すると太郎さんは、待ってたとばかりに、大きな声で「キンタマ」と叫んだ。
私はびっくりしたが、多くの人はそれほど驚くことはなかった。
私は、太郎さんに「ダメダメ」と手ぶりを交えて言った。
すると、太郎さんは
「もっと、おもしろいものがある」、と小さい声で私に行ってきた。
もう、75歳くらいであろう。しかも、どこかの学者だったという。
頭の中は、少年時代に戻っていたのでしょうか?
あなたがいい
私は今月から多摩川沿いにあるケアプラザに勤務を始めた。
このケアプラザは5階建ての建物。
一階はロビー、娯楽・体操室、面会室があり、作りもゆったりしている。
世間的にいえば、中の上クラスでしょう。
私には特別な資格がなく、みんなのお手伝い。
と言っても、健常者の担当ではなく、軽度認知症のお世話係。
最初に皆さんに会った時には、あまり、健常者と変わりがないように思えたが、3日も行くと、やはり、それぞれが認知症だと解る。
私が担当している人々は約20人。
元気のいいかたや、ふさぎがちの人がいる。
怒りっぽい人もいる。
私はなるべく普通に接しようとしている。
私はできるだけ声をかけ、できるだけ手を握っている。
すると、少しずつ、話しかけてくるし、手を握り返してくる。
つい昨日のこと、いつも塞ぎがちなおばあさん(恵子さんと呼ぼう)、がケアスタッフの若い女の子に椅子から車椅子に移そうとしたら、その恵子さんは、どうしても嫌だと言う。
困り果てた若いスタッフは、
「あなたはわがままですね」
と言ったら、その恵子さんは、そのそばにいる私に右手の人差指で、ゆっくりと指すのだ。
私は、恵子さんの意をくんで、恵子さんに肩を貸してやった。
恵子さんは、車椅子にすわると、
「あなたはいい人ね」と小さな声で私にささやいた。
この認知症の恵子さん、この瞬間は認知症ではなかったのだ。